「成熟した社会」とは、どのような社会なのだろうか。
効率と効果が追求され、物質主義と高収入を目指す経済中心の社会なのだろうか。欲しい物が何でも手に入り、痛みや挫折、敗北感を味わうことの無い社会なのだろうか。確かに経済活動の成長も重要な側面と言える。しかし、ペットショップ経営10年、障害福祉サービス事業活動7年、そして家族の介護を20年以上担ってきた経験から学んだことは、人が生きる喜びは、誰かのために何かが出来ることだと感じる。
また、私は、幼い頃から犬や猫を飼ってきた。犬や猫たちからは、人間がどんなに努力しても与えることが出来ない無償の愛と信頼を受けた。
そして今、「互いに認め合える社会」こそが「成熟」の基本であろうと思う。

人が本質的に持っている、愛情、善意、厚意、慈悲、誠実さ、優しさ、思いやりを培い、障がい者、高齢者そして健常者が互いに認め合い、成長できる活動を第一に、命の尊さを追求する活動を始めた。
この活動を持続していくためにNPO法人格を取得し、私たちが活動を続けることにより動物愛護精神の普及啓発、ボランティアのあり方、障がい福祉の新しいかたちを提案していければと考えている。そして近隣住民のみならず社会全体へ生き方の提言を続けていこうと思う。

国の偉大さ、道徳的発展は、その国における動物の扱い方で判る。

マハトマ・ガンジー

愛しき晴朗へ

ぼくの名前は、は・る・お あ~ぼくって柄やないな オレはオレやわ
オレは、十数年、同じ家で暮らしてたんや。
子犬のころは、ちやほやされたんやけど、
だんだんと散歩ものうなって、飯も少のうなって
なんでや!なんでや!って文句言うてたら
ある日、オレを段ボールに入れて捨てよった。
派出所の駐車場を選んだのは、誰かに早よ見つけてもらえるようにって
せめてもの親心ってやつか? なんじゃそりゃ!
ほんで、保健所、絶対に逃げられん場所やな そこに入れられたんや
あ~オレの一生ここで終わるんかってちょっと感じた。


2019年3月志摩保健所にて

ある日、いつもの兄ちゃんと知らんおばちゃんがやってきた。
おばちゃん見たときピーンと来たんや
こいつや!! 失敬 この人や!
そんで、これ以上出やんってぐらいの声で
「オレを迎えに来たんやろ?!」
「絶対そうや オレを迎えに来たんや!」って言うたんや
2日後におばちゃんがほんまに迎えに来た
うれしかったなあ
ほんでその日が晴れやったから
おばちゃんが、あんたの名前は晴朗 はるお
いつも晴れた日のように朗らかでいられるようにて
付けてくれたんや

おばちゃんがお母ちゃんになってふたり幸せに暮らすんやと思てたら
どうやな、一緒に十数匹の犬が居るがな
まあ、オレは別に犬の好き嫌いもないし、オレはオレやで構わんだけど
カールってじいさんだけは、いっつもケンカ売ってきよって
いつでも買うたるでって毎日言うてやった
飯はそこそこ、散歩も毎日 結構ええ


2019年10月

と思てたら
前庭疾患、人間でいう脳梗塞みたいなもんやな
それになってお母ちゃんにえらい世話かけたけど
ちょいちょいと乗り越えた
ははは ちょいちょいや
それから右に傾くようになったけど
スキップには磨きをかけたつもりや


2020年2月


2020年春

このままずうっと暮らせる思てたけど
オレにも寿命ちゅうやつがあったわけや
オレのこと はるおちゃん はるおちゃん て大事にしてくれたみんな
ありがとう
みんなのこと虹の橋のたもとで待ってるしな
時間たつとオレのこと忘れてしまうかもしれへんけど
スキップ と聞いたら オレのこと思い出してや
スキップの達人晴朗や スキップの達人晴朗やで


2021年8月28日 旅立つ前日

シロの話

昔、50年ほど前にシロという雑種と暮らしていました。
その頃私は、父と母が住み込みで働く旅館に住んでいました。
シロは、とても賢く頼もしい犬でした。
ある日、けんちゃんと私はシロと散歩に出かけました。
雨合羽を着た大柄な男の人が、シロをちょっと蹴飛ばしました。
シロは、怒ってちょびっとその人のふくらはぎを咬みました。
そして先に帰っていきました。

そうするとその人は、「お前らの犬か」と聞いたので私たちは、とっさに「違います」と返事をしてシロが見つからないようにしました。
だけど大人は、しつこくて、とうとう旅館に電話をかけてきて、
「オレを咬んだ犬はそこの犬やというのはわかっている。あの犬を保健所に連れて行かな商売できやんようにしてやる」
と言われ、シロは保健所に連れて行かれてしまいました。

私は、給食のパンを残し、シロに食べさせようと保健所にいきました。
保健所の犬房はブロックで全部が囲まれていて高い所にブロック1個分の窓のような所があり、私は、辺りから登れそうな木片を拾って来て、よじ登って、その窓のような所から中を見るとシロの何倍も大きな犬が2匹いて、シロぐらいの犬が3匹、そしてシロもいました。
みんな凄い勢いで吠えていましたが、シロは私のことがわかったのか吠えませんでした。
私は、なんとかシロにパンを食べさせようとしましたが、シロより大きな犬がみんな食べてしまいました。
その時のシロの顔を今でも思い出します。
この写真は保健所から引き取った晴朗ですが、私の覚えているシロは、もっと悲しそうな顔をしていました。

50年も前ですからシロは、撲殺されたのかもしれません。
シロへの償いになるかも知れない と思ってみたりしますが、どれだけの犬を保護しても後から後から飼い主に棄てられた犬が保健所にやって来ます。
雨合羽の大柄な人は、もう亡くなっているでしょう。
そして、シロも私のもとに戻ることはありません。
50年先も同じ日本で良いのでしょうか。